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研ナオコ

昭和歌謡_其の132

フラレ女の代弁者/「不世出の美人」歌手・研ナオコ

 「愚図」 「LA-LA-LA」
 「あばよ」「TOKYO見返り美人」 
all by研ナオコ

 「アザミ嬢のララバイ」 by 中島みゆき

 

ああ、遣る瀬無い

ここ数回、戦時中の流行歌である軍歌やら作曲家の吉田正やら、昭和歌謡といえども自分が生まれる遥か昔の、かなり古い時代のヒット曲ばかり話題にして来まして、正直いささか疲れました。読される皆さんも、同じ気分じゃないかと思いますです。スミマセン。

……というわけで今回は、ヒット曲の年代をぐ~んと手前に引っ張って、昭和50年~60年に流行ったポップス系流行歌を取り上げます。

つい先日の夜中、たまたまテレビをつけたら、民放のバラエティ番組に研ナオコがゲストに呼ばれてまして。共演していた若手の売れっ子芸人の数名が、彼女が「歌手だった」事実、いや失敬な、現在だってバリバリ現役の「歌手である」事実を知らない……んですねぇ。私はけっこう本気でショックを受けました。瞬間、反射的に今回のコラムは「研ナオコを書こう!」と決めました。
まことに勝手ながら、時代を半世紀前に遡らせます。

私が中学1年生、季節は秋が深まった頃だったと記憶してますが……。同じクラスに好きな女子がいたんです。ちょっと不良がかったというか、妙にトッポイ印象でしたけれど、バトミントン部に所属していましてね。放課後、2階の教室の窓から見下ろすと、ちょうど体育館の前で、体操服にブルマを穿いた彼女が、部員仲間とシャトルを打ち合っている光景を眺められるのです。彼女は背も高かったし、胸の膨らみも他の同級女子の中ではダントツでした。

毎日ぼーっと彼女の姿を眺めているうちに、ある時、にわかに「僕は彼女に告白する!」ってな心持ちが湧いてしまって。でも屁垂れな私は、毎朝学校へ着いて、教室で彼女の姿を認めると、どうにも勇気が出ないんですね。悶々としながら授業が終わり、「よし明日こそ!」の意欲虚しく、来る日も来る日も告白できないまま時だけが過ぎて行きました。

そんなある日の放課後、音楽教師に頼まれて、校舎3階の外れにある音楽準備室に、授業で使った数枚のクラシック音楽のレコードを戻しに行ったのですが、用事を済ませて階段を降りて行くと、ちょうど真下から彼女の声らしい……のが響いて来たのです。ハッとなって立ち止まり、こっそり手すりから身を乗り出して下方を眺めると、やっぱり彼女が! しかも1人じゃありません。彼女の正面に居るのは、うわッ、隣のクラスの学級委員の野島(仮名)!

私も学級委員でしたから、月に2度ほど生徒会の会合で席を並べますが、男の自分から見ても格好イイ。背も高い。一年坊のくせにすでにバスケ部のレギュラー選手で、なおかつ定期テストのたびに学年でトップを争うほどの優等生。ちなみに争っている相手は他ならぬワタクシでしてね。その意味じゃライバルみたいな存在なのですが、私は勉強以外はからきし駄目。背は、まだその時分じゃ150センチなかったんじゃないですかね。

加えて運動音痴も音痴、体育でやらされる走り幅跳びで、砂場前の踏み出し板(合ってますかね?)からジャンプすると、かならず砂場まで届かずに着地。ヤンキー上がりのような風貌の体育教師には、いつも「おい勝沼、ふざけやがって、この野郎!」とドヤサれましたが、冗談じゃない、精一杯に全力疾走しても〝そう〟なるのです。これは高校に入ってからも同じくで、高校は高校で体育教師にドヤされましたが。

話を元に戻します。

(え? これって、どどどど、どういうこと?)
勝手に私の顔は火照りだし、心臓が高鳴ります。
(ひょっとして!?)
おおよそ状況を察する私の耳に、
「えー、どぉっしよっかなぁ? アタシも野島クンのこと、嫌いじゃないしィ~」
彼女の声がいつになく甘ったるく絡みます。また今日の彼女は、やけに語尾をイヤラシク伸ばすのです。今日は告白しよう、いや明日は必ず、いやいや明後日は必ず……、ちっとも度胸が定まらずにモタモタし続けている私をよそに、彼女は明らかに、それも私の目の前で野島に告白されている。

彼女の声質から察すれば、どうやら満更じゃない様子。
(あちゃー、先を越されちゃったかぁ)
落胆の私をよそに、あっさり2人のカップリングは成立したようで。その証拠なんでしょうか、私はハッキリしっかり見ちゃったんです、2人が軽くチューするところをね。

放課後、授業が終わると一目散に自宅へ帰って来ました。失恋のショックってやつですか。いや、まだ告白する前なわけですから、失恋もナニも、彼女とは同級生だという事実以外なんら接点などありゃしません。

そりゃ落ちこみましたよ~。落ち込む資格なぞ無いに等しいでしょうが、相当にがっかりしたのは本当です。でも、それだから足早に帰宅したわけではなく、当時、ラジオのFM東京では土曜日の13時から、化粧品会社のコーセーが提供する「歌謡ベスト10」がオンエアされてまして、私は毎週そのラジオ番組を聴くのを習慣にしてました。たしか生放送だったんじゃないですかね。パーソナリティを作曲家の宮川泰が務めていましたっけ。

忘れもしない、この日ラジオをつけると、ほどなく流れて来たのが、研ナオコの新曲「愚図」(昭和50年=1975年9月10日発売)で、この週のヒットチャートのベスト9でした。いきなり高いキーから始まる前奏の、アップテンポなメロディを聴いただけで、私の耳は、
(おおっ、これナニ!?)
ビビビと即座に反応しちまいました。

それまで聴いたことが無い印象のメロディだったんですね。むろんこの時点ではまだ、メロディを書いたのが、数年前に白いつなぎ服と黒いサングラス、おまけにポマードべったりなリーゼントヘヤの出で立ちでTV画面に現れた、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドのリーダー宇崎竜童であることなど知る由もありません。

♪~あの娘がアンタを好きだって
こっそりあたしに打ち明けた時
友達だもの「まかせときなよ!」なんて
心にもない事言っちまった
あの娘はまつ毛が自慢の娘で
瞬きしながら人を見るのさ
比べてみたって仕方がないよなんて
独りで勝手に決めていたっけ
あたしって本当に愚図なお人好し

あの娘にアンタを逢わせたのは
アンタと行きたかったコーヒーショップ
「仲良くしてよいい娘だから!」
二人を笑わせてばかりいたっけ
あの娘は精一杯おめかしをして
アタシは色のあせたジーパン姿
一人で矢鱈喋ってばかりいたから
目の前のコーヒーも冷めてしまった
アタシって本当に愚図なおせっかい

早く独りになりたかったよ
そして何処かで泣きたかった
急に重たい心の中に
二人の笑い声遠くに聞こえた
喉まで出かかった言葉だけれど
言わずに先に帰って来たのさ
本当はアンタが好きだなんて
今更言える訳ないじゃないの
アタシって本当に 愚図なおばかさん
本当はアンタが好きだなんて
今更言える訳ないじゃないの
アタシって本当に 愚図なおばかさん~♪

歌詞の内容が、まさにまさに私のこの日の状況、心境にドンピシャリ! 寄り添ってくれちゃいましてね。歌の主人公のフラレ女の嘆き節は、そのまんま私の絶望感を代弁してくれるものでした。思い切って告白しようと決めた彼女を、隣のクラスの野郎にかっさらわれたばかりか、あろうことかチューまで目撃させられた衝撃、哀しみ、遣る瀬無さ……。

(この曲は、僕のことを歌ってるんだ!)
(どうしてこんなにハッキリ僕の気持ちがわかるんだろ?)

いまこうして文字を綴っていると、しょせん妄想狂の戯言に過ぎず、馬鹿馬鹿しくて吹き出しちゃいますが。でもね、当時はド真面目、ド真剣です。それが証拠に涙までこぼれ落ちてきましてね。

耳コピーに自信のある私は、すぐに研ナオコの歌声に合わせて口ずさんでいました。

「♪~喉まで出かかった言葉だけれど 言わずに先に帰って来たのさ 本当はアンタが好きだなんて 今更言える訳ないじゃないの アタシって本当に 愚図なおばかさん~♪」

ラジオからはすでに、「愚図」よりランキング上位の歌が流れてましたが、もはやそのメロディは私の耳に入って来ません。四畳半二間の狭いアパートの、奥の部屋の窓を開け、薄ぼんやりした気分で屋外を眺めつつ、幾度となく「♪~アタシって本当に 愚図なおばかさん~♪」を繰り返していると……、
手前の部屋でテレビを観ていた妹が、薄気味悪い生物を見るような目付きで、
「お兄ちゃん、さっきからバカだバカだって、うるさくってしょうがない。テレビが聴こえないから、やめてよ、バ~カ!」

「愚図」のメロディが巷を飛び交うまで、日本全国のお茶の間の老若男女は、誰も研ナオコのことを歌手だと認知していなかったはずです。天性ともいうべきコメディエンヌ的才能をフル回転させ、マチャアキこと堺正章など先輩芸能人に可愛がられながら、テレビのお笑い系バラエティ番組で人気を博してましたからね。〝そういう〟顔の売り方を、所属事務所の田辺エージェンシーは研ナオコに強いたわけですね。彼女も本心はともかく、その役回りを見事すぎるほど見事に演じておりました。

ところがデビュー9枚目のシングル「愚図」は、〝れっきとした〟歌手のはずの研ナオコにとって、まさに奇跡的なビッグヒットになりました。めちゃめちゃレコードも売れました。レコード会社を東宝レコードからキャニオン・レコードに変えての、記念すべきシングル! ようやく研ナオコは、子供の頃から念願だった「スター歌手になる!」夢が叶ったわけです。

そしてまた作詞の阿木&作曲の宇崎の夫婦コンビにとっても、「愚図」は、自分たちのバンド、ダウン・タウン・ブギウギ・バンド以外の歌手に書いた、初めての「大当たり!」曲でしたから、掛け値無しにプロの作詞&作曲家としてご両人の名前が、音楽業界に広く認知される契機になりました。

フラレ女の嘆き節

静岡県は天城湯ヶ島出身の研ナオコ。幼い頃から彼女の歌の上手さは地元じゃ
有名だったらしく、静岡放送の「のど自慢大会」の準優勝を経て……16歳、プロ歌手をめざして上京します。ちょうど同時期に大手映画会社の東宝が、音楽業界にも進出すべく東宝レコードを設立するのですが、なんと、その第1号歌手に研ナオコが選ばれたのです。

当人の喜びは半端じゃなかったでしょうが、デビュー曲のタイトルは、あろうことか「大都会のやさぐれ女」(昭和46年=1971年4月1日発売/作詞:坂口宗一郎/作曲:中山大全)ですよぁ~!

あんまりじゃないですかねぇ~。静岡の田舎から出てきた純朴な(はずの)16歳の少女に、自分は「やさぐれ」だと自嘲するような歌詞内容の歌を唄わせるのですからね。現在なら完全にハラスメントでしょう。同期にデビューした天地真理、小柳ルミ子、南沙織の通称「新三人娘」に比べて、随分な仕打ちだと感じます。

♪~可愛がられて 愛されて
ビルの谷間へ捨てられた
よごれついでに路地裏行けば
気になる男の あの眼つき
やさぐれ女の流れ唄 流れ唄~♪

歌詞も、嗚呼ミモフタモナイったない。繰り返しますが、これを16歳の少女が歌うのです。でも、実はこれはこれで〝ちゃんと〟セールス戦略に則ったものだったようで……。アイドル全盛の当時の音楽業界において、研ナオコの顔立ちが実に個性的、ぶっちゃけブスなものですから、新人のアイドル歌手としては売れない訳です。

なにしろ著名画家の岩田専太郎に、「百年に一人出るか出ないかの不世出の美人」と言わしめたくらいですから。むしろ研ナオコ自身も多分に開き直った感覚で、自分の〝不美人〟ぶりを殊更に強調している印象が、(今はともかく)当時は強かったんじゃないですかね。

ところが「愚図」は売れた! 歌手として売れた! ……で、音楽業界の連中もようやく気が付くわけです、「おっ、研ナオコって只のブスじゃねぇな」と。「お笑いタレントにしとくにゃあ勿体ねぇな」と。しかも〝ここ〟が肝心、「研ナオコって、こんなに歌が上手い歌手だったのか!」という驚き、どよめき、です。

「ナニ言ってんだい、アタシは幼い頃から歌が上手なんだよ。今頃知ったんかい? ざまぁみやがれ!」

彼女にしてみりゃ、そんな心持ちだったでしょう。自分が美人に生まれてりゃ、天地真理ちゃんや小柳ルミ子ちゃんみたいに、とっくにアイドル歌手としてデビューし、若い男の子たちにチヤホヤされたのに……、と嘆いたこともあるはずです。そうでなかったために、何枚レコードを出してもちっとも売れない。

(このままアタシは、マチャアキさんや坂上二郎さんたちに混じって、〝お笑い〟の世界で生き残るしかないのかしら?)

しかしですね、結果的に研ナオコは美人じゃないからこそ、「愚図」に描かれる主人公を見事に再現できたのです。この歌を美人の南沙織が唄ったってリアリティがない。ブスの研ナオコが、あの独特なハスキーがかった低めのキーでぽつりぽつり歌うからこそ、♪~アタシって本当に 愚図なおばかさん~♪ のフレーズが活きるのですし、失恋してハートブレイクなリスナーが、私も含めて「あー、この主人公の気持ち、わかりすぎるくらいにわかる」となるのでしょう。

研ナオコには研ナオコしか歌えない、哀しい女の嘆き節がある!

現金なもので、この認知が音楽業界に浸透すると、「愚図」に続いてもう1曲2曲、似たような失恋ソングでヒットを狙いたいという想い、皮算用がスタッフたちの中に芽生えます。

ちょうどそのタイミングにデビューした、後の大スター歌手、いや自分で作詞も作曲もこなす超シンガーソングライターがおりまして。しかも歌詞に描かれる内容は、研ナオコの「愚図」と同様な、フラレ女の嘆き節。

中島みゆきです。

彼女のデビュー曲「アザミ嬢のララバイ」は、「愚図」のレコード発売より15日遅れて巷に流れ始めました。

♪~ララバイ ひとりで 眠れない夜は
ララバイ あたしを たずねておいで
ララバイ ひとりで 泣いてちゃみじめよ
ララバイ 今夜は どこからかけてるの
春は菜の花 秋には桔梗
そして あたしは いつも 夜咲く アザミ
ララバイ ひとりで 泣いてちゃみじめよ
ララバイ 今夜は どこからかけてるの~♪

たまたま移動中の飛行機の中で、この曲を聴いた研ナオコは、即座に聴き惚れてしまい、横に座るマネージャーに、「このヒトに私の新曲を書いてもらいたい!」と頼んだそうです。

頼まれた中島は、どうやら最初は断ったみたいですが、どういう経緯があったのか、翌年(昭和51年=1976年)の6月25日発売の「LA-LA-LA(ラララ)」、9月10日発売の「あばよ」、の2つのシングル曲を研ナオコに提供しました。ネット情報によると、中島は同時に2曲ともスタッフに手渡したらしいです。

「LA-LA-LA」

♪~明日 朝目覚めたら あたしはもう消えてるわ
呼んでみても無駄なこと その頃夜汽車は となり町

遠い昔は こんなあたしでも あいつの話は 信じ込んだ
そのお返しにあいつは愛を 信じるなと教え込んだ
約束はさせないで 守りきれたことがない
それと知って待つならば 逃げても浮気と責めないで
いい人だよ あんたは 紅いバラも嬉しかった
気にかかる人だけど 夜汽車が表で 待ってるの
遠い昔は こんなあたしでも あいつの話は 信じ込んだ
そのお返しにあいつは愛を 信じるなと教え込んだ
約束はさせないで 守りきれるはずがない
それと知って待つならば 逃げても浮気と責めないで
逃げても浮気と責めないで~♪

以下はあくまで私の推測ですが、「LALALA」は中島がPOPS歌謡っぽいテイストを意識して創作したんじゃないですかね。おかしな言い方ですが、いわゆる「みゆき節」をいささか封印して研ナオコの反応を窺う、てな意図があったのではないか? と。作詞作曲を担当したクリエーターの名前を伏せて、この曲を聴かせた時に、「あー、これは中島みゆきでしょ」とはならない気がするのです。それこそ、宇崎竜童が書いたんじゃね? と勘違いしてもおかしくない。

でも「あばよ」に描かれる主人公の陰々滅々とした嘆きは、これぞ「みゆき節」全開じゃありませんか! それもそのはず、もともとこの曲は、自分のアルバム制作用に書き上げていた作品だそうで。それを、研のスタッフから「何かあります?」と言われて、だったら……ま、いいか。と「あばよ」を手渡した。中島は内心、まだ一度も会ったこともない研ナオコが「あばよ」を歌う姿を想像して、すぐに「こりゃイケる!」と感じたそうな。ま、ナニにせよ、どうせ中島に楽曲を依頼するなら、〝この〟テイストが来なきゃ嘘になります。

「あばよ」

♪~何もあの人だけが世界中でいちばん
やさしい人だとかぎるわけじゃあるまいし
たとえば隣りの町ならば隣りなりに
やさしい男はいくらでもいるもんさ
明日も今日も留守なんて 見えすく手口使われるほど
嫌われたならしょうがない 笑ってあばよと気取ってみるさ
泣かないで泣かないで私の恋心
あの人はあの人はお前に似合わない

あとであの人が聞きつけてここまで来て
あいつどんな顔していたとたずねたなら
わりと平気そな顔しててあきれたねと
忘れないで冷たく答えて欲しい
明日も今日も留守なんて 見えすく手口使われるほど
嫌われたならしょうがない 笑ってあばよと気取ってみるさ
泣かないで泣かないで私の恋心
あの人はあの人はお前に似合わない

明日も今日も留守なんて 見えすく手口使われるほど
嫌われたならしょうがない 笑ってあばよと気取ってみるさ
泣かないで泣かないで私の恋心
あの人はあの人はお前に似合わない
泣かないで泣かないで私の恋心
あの人はあの人はお前に似合わない~♪

(※最近の歌唱動画)

フラれ女の失恋ソングとすれば、あまたある昭和時代の歌謡曲の中で、「愚図」と「あばよ」は、大袈裟じゃなく二大巨頭でしょう。そしてその2曲とも、著名画家に「不世出の美人」といわしめた研ナオコが歌っているのです。

ぼそりぼそり彼女の口から放たれる愚痴、嘆きは、まるで研ナオコ自身の胸中をそのもの映し出しているよう、……に聴く人の胸中に届きます。こりゃ売れるわ! 売れなきゃ、セールスの戦略を目論んだスタッフが屁垂れなだけでしょう。

研ナオコのスター歌手への道程は、まず「愚図」でホップ、お次の「LALALA」でステップ、仕上げに「あばよ」でジャンプ。3曲で仕上がりました。そして「あばよ」以降も、中島みゆきは(現在まで)合計15曲、「かもめはかもめ」「窓ガラス」「ひとりぼっちで踊らせて」など、カラオケファンにはお馴染みの曲を次々に研ナオコに提供しています。

中島みゆきが自分以外の歌手に提供した曲の数は、意外にも工藤静香の24曲がトップですが、その中には作詞だけの曲も多く含まれます。一方の研ナオコの15曲は、すべて作詞作曲ともに中島の作品です。中島自身、自分の世界観を具象化してくれる歌手として、最大に研ナオコを評価している証拠でしょう。

文句無しにスター歌手になった研ナオコを、もはや誰もブスだと言いません。また、お世辞抜きに彼女は、スター歌手にふさわしい美しさを醸し出している気がします。加藤登紀子や桑田佳祐ほか、研ナオコに曲を提供するミュージシャンの数は増えました。

そんな中で私は、フラレ女の歌として、意外にも中島みゆき作品じゃなく、「愚図」の流れを汲む宇崎&阿木コンビの作品をすこぶる愛します。みゆき節に共通する陰々滅々メソメソジトジトな女心よりも、半ば開き乗ったがごとく自嘲気味に「フラレたけど、何か?」とうそぶく女心の方が、後に野口五郎や志村けんなどと組んでコントに挑戦するような、バイタリティあふれる研ナオコのキャラにはふさわしい気がするのです。

最後にもう1曲、宇崎&阿木コンビが放った、これぞ研ナオコが歌うにふさわしい、フラレ女を描いた名曲! 「東京見返り美人」を聴いて下さい。この曲は、さほど売れなかった。でも現在でも、一部のカラオケファンにメチャ愛されてます。

一部? そう、自分の魅力を少しも評価してくれない周囲の連中に対して、「冗談じゃないわ、このクソ野郎!」と内心猛烈に吠えたい。でも実際にはすぐキョドってしまい、一度も本音をさらけ出せずに生きている、そんな〝お仲間〟たちに向けた応援歌です。

♪~シートベルトを外して 車を飛びだしたらば
外は雨 こぬか雨 舗道が濡れてる
アイツ追いかけて来ない いかれポンチな野郎さ
街路樹を蹴とばせば ジョークで済むのに
買ってやったスーツを着て
売りつけてきた喧嘩腰で
でかい口 きくなんて そんなのアリかよ
フォグランプ点けたタクシー
萎れかかった花束を
振り回し止める前 言うことあるだろう

いい女だったと きっと後悔する
振り向かせてみな 私はTokyo見返り美人

ビルの谷間の螢さ しっぽチカチカ光らせ
今は赤 次は青 信号変わる
アイツ追いかけて来ない 港区あたりじゃ顔さ
白金か西麻布 どっちみち女さ
めでたいはずのバースディ
まるまる空けたシャンペンも
ムカついちゃ ザマはない 足許 ふらつく
スタンバってる微笑(ほほえみ)が
雨の雫で流れてく
早くしな声かける 最後のチャンスさ
いい女だったと みんなあとから言う
そいつが小癪な 私はTokyo見返り美人
いい女だったと きっと後悔する
振り向かせてみな 私はTokyo見返り美人~♪

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

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