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野口五郎

昭和歌謡_其の136

「伝言板にキミのこと」を書いて帰った〝あの〟頃

『私鉄沿線』『甘い生活』『針葉樹』all by 野口五郎

半世紀を隔てた私鉄沿線談義

私が勤めている学習塾の生徒の1人、4月から中2に上がる野球小僧の隼人(はやと/仮名)が、授業中にふと、「僕ね、最近、野口五郎の歌にハマってんだ。『私鉄沿線』(昭和50年=1975年1月20日発売/作詞:山上路夫/作曲:佐藤寛)っていうんだけど、先生、知ってる?」と訊いて来ましてね。「バカ、知ってるもナニも、俺はだな、ブツブツ……」以下長くなりますので省きますけれど(笑)。

隼人は、私が昭和歌謡をメチャ愛するハゲだという事実を知らないので、その場で私は前奏部分のメロディをひとしきり、口三味線で披露してやり、ついでに歌い出しの ♪~改札口で キミのこと いつも待ったものでした~♪ も唄ってやると、笑っちゃうほど魂消(たまげ)てしまって、「そうそう、その歌! めちゃくちゃ格好イイので、一発で気に入っちゃって」と嬉しそうに語るのです。

♪~改札口で 君のこと
いつも待ったものでした
電車の中から降りて来る
君を探すのが好きでした
悲しみに心 とざしていたら
花屋の花も変りました
僕の街で もう一度だけ
熱いコーヒー飲みませんか
あの店で 聞かれました
君は どうしているのかと

伝言板に 君のこと
僕は書いて帰ります
想い出たずね もしかして
君が この街に来るようで
僕たちの愛は 終りでしょうか
季節もいつか変りました
僕の部屋を たずねて来ては
いつも掃除をしてた君よ
この僕も わかりません
君は どうしているのでしょう

買物の人で にぎわう街に
もうじき灯り ともるでしょう
僕は今日も 人波さけて
帰るだけです ひとりだけで
この街を 越せないまま
君の帰りを 待ってます~♪

63歳のハゲと13歳のニキビ面、歳を半世紀も隔てた野郎が2人、しばし授業もそっちのけで『私鉄沿線』談義に花を咲かせました。この歌の歌詞の中で、隼人がやけに気になっている単語がありまして、……「伝言板」です。真っ先に彼に訊かれたのが、それが実際に〝どういう〟ところに置かれていたか?

「たいがいは駅の改札口を出てすぐだったな」、「えー、それ……板なの?」、「そりゃ板だよ、伝言板つーぐらいだから(笑)」、「どうやって書くの?」、「チョークを使って。お前の学校、黒板を使ってないかい? それともホワイトボード?」、「ううん、黒板。チョークで書く黒板と、電子黒板の2つがあるけど」、「じゃあ判るだろ。電子じゃ無い方の黒板に、時刻と要件が書き込めるようにマス目が引かれててさ」

ウンウンと頷きながら私の話を聴いた隼人のオツムに、さてさて、どんな「伝言板」のイメージがふんわり浮かび上がりましたでしょう? いい加減な私の説明を参考に、トンチンカンな画像を連想させてしまったら申し訳ないな、と、冗談抜きにそう感じましてね。でも私は、生まれながらのデジタル世代、誰かとの連絡手段は当たり前にLINEだったりする令和キッズの彼が、半世紀前なら、どこの駅でも見受けられた、ごくごく日常的な伝達ツールに強い関心を持ったという、その事実がすこぶる嬉しかったのです。

ようやく話の流れを授業に戻し、私は課題にする計算問題をコピーするため席を立ったのですが、ほどなく隼人がスマホを持って近づいて来ましてね。表情がやけに晴れやかで。「先生、まだあるんだってさ、駅の伝言板!」……。その画像が、これです。JR京浜東北線・東神奈川駅の、現役バリバリの「伝言板」。

https://www.hamakei.com/headline/10890/

嗚呼、さすが令和キッズ! みずからの想像で画像を思い浮かべなくたって、即座に「これね!」と生成AIが教えてくれる。それを眺める隼人は「へぇー納得」となって、ハイおしまい。いかにも便利なご時世ですがね。そんな様子じゃ、いくら「めちゃくちゃ格好良く」感じてくれたって、昭和歌謡の大ヒット曲『私鉄沿線』の世界観は、ニキビ面の彼には一生わからんだろうな、と無言で苦笑いしたのです。ちなみにこの曲、累計120万枚を軽く超えるレコード売上でして、野口の最大のヒット曲になりました。

せっかくですから今回は、野口五郎の曲をあと2つほど紹介しましょう。『私鉄沿線』の1枚前に発売されたシングル『甘い生活』(昭和49年=1974年10月20日発売/作詞:山上路夫/作曲:筒美京平)……。カラオケファンにとっては『私鉄沿線』と並ぶ人気の1曲ですが、レコードの累計売上枚数はおよそ95万枚。惜しくもミリオンセラーには届かなかったようですね。

(※この動画で、曲を書いた筒美京平みずから指揮棒を振ってます)

♪~あなたと揃いの モーニング・カップは
このまま 誰かにあげよか
二人で暮すと はがきで通知を
出した日は 帰らない
愛があれば それでいいと
甘い夢を はじめたが
今では 二人からだ
寄せても 愛は哀しい
何かが こわれ去った
ひとときの 甘い生活よ

土曜の夜には あなたを誘って
町まで 飲みにも行ったよ
なじみのお店も この町はなれりゃ
もう二度と 来ないだろ
壁の傷は ここにベッド
入れた時に つけたもの

今では そんなことも
心に痛い 想い出
何かが こわれ去った
ひとときの 甘い生活よ
今では 二人からだ
寄せても 愛は哀しい
何かが こわれ去った
ひとときの 甘い生活よ~♪

『私鉄沿線』も『甘い生活』も、私は若い頃から数え切れないほどカラオケで歌って来ましたが、実は一度も〝ちゃんと〟歌えたためしが無いんですよね^^;。理由は明白、作曲家が書いたメロディ通りに歌いこなすのが、意外なほどムズカシイ!からです。

商店街の有線放送やらTVの歌謡番組やらで野口の歌唱を聴いていると、「よっしゃ、イッチョウ俺も歌ってみるべぇか」となりますが、いざやってみりゃ、たちまち後悔します。やたらと音符の上がり下がりが忙(せわ)しないし、サビの部分で一気にグイ~ン! と音が跳ね上がったり……し、地声じゃとてもとても無理なので、無理して裏声を使ってキーンとがなりたてりゃ、たいがい音が外れて、ミットモナイことになっちまいます。

野口はアイドル歌手でありながら、同じ「新御三家」の郷ひろみや西城秀樹と比べると歌唱力があるために、同じくアイドル歌手出身の岩崎宏美や太田裕美と同じく、作曲を依頼されるクリエーターも、あえて意地悪なほど歌いづらいメロディ、ムズカシイ旋律を並べて書くんですね。

その御仁は誰や? の答えは、泣く子も黙る筒美京平先生。昭和時代のポップス系歌謡曲の売れっ子中の売れっ子が、野口の育ての親ですからね。「野口クンにしか歌えない」はずのメロディ、いや「野口クンだからこそ、ぜひとも歌いこなして欲しい」メロディをしたためた訳でしょう。

だから正直な話、ちょいと歌に自信ありげで、その実「たいして上手くねぇ!」野郎が、気安く人前で歌っちゃ駄目なんですよ、野口の歌は。……でも、嗚呼ゴメンナサイ、酒に酔いどれて目の前にマイクがありゃ、つい……ね。下手糞を承知で歌いたくなるのです。メロディの聴き応えが、ニキビ面の野球小僧までもが「格好イイ」と感じるほど、魅力的だからでしょうか。

ラストにもう1つ、『針葉樹』(昭和51年=1976年9月10日発売/作詞:麻生香太郎/作曲:筒美京平)を聴いていただき、今回は締めましょう。

 

これは上記の2曲ほど売れませんでしたので、御存知ない方がほとんどかも? ですが、昔から五郎ファンたちの間で熱狂的に愛されて来た曲でして。メロディも素敵ですが、歌詞に描かれる詩的情緒あふれる世界観が実に熱く、そして痛く胸に迫るのです。

♪~あなたのかなしみは 雪で出来ている
僕を凍らせる 白いためいきだ
まっすぐ行くがいい 街はきょうまでの
ふたりの足あとを うずめてくれるだろう
男のいのちの かぎりを尽くし
愛したつもりだ 悔いなどないさ
冬が来ても あなたよ 枯れるな
木枯しに耐える 針葉樹の りりしさのように

くちびる ふとゆがみ なにか言いたげな
あなた おねがいだ 背中むけてくれ
そのまま行くがいい 冬は涙ぐむ
こころのためらいを 癒やしてくれるだろう
男の炎の すべてを燃やし
愛したつもりだ 悔いなどないさ
春をめざし あなたよ かがやけ
薄れ陽を仰ぐ 針葉樹の まなざしのように~♪

上質な文学作品を読み終えたあと、ないしは映画を鑑賞し終えたあと、のような、しばらく誰にも邪魔されずに自分1人、次々と思い浮かぶ様々な感慨に酔いしれていたくなります。

この曲は私の知る限り、野口が発売した「ある程度は売れた」シングルレコードの中で、一番メロディの構成がムズカシイ歌だと思います。でも、だからこそ「つい歌いたくなる」のですが、やめときゃ良かったと後悔することしばし。

そしてまた、ムズカシイ歌だからこそ、芸能関係者などの「玄人(くろうと)筋」には高い評価を受けながら、ポップス歌謡としての判りやすい躍動感に欠けますので、その他大勢の「五郎ちゃん」ファンには敬遠されたかもしれません。でも、そこが野口五郎という歌手の特質でありまして、同じ「御三家」にくくられながらも、郷ひろみや西城秀樹と比して、ハッキリと毛色が異なるところなんじゃないですかね。

この曲で野口は、昭和51年大晦日のNHK紅白歌合戦に、5年連続5回目の出場を果たしました。

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

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