石川ひとみ 金井夕子
渡辺真知子 井上望
昭和歌謡_其の137
スター歌手の登竜門『銀座音楽祭』(前編)
音楽祭、華やかなりし頃
TVのニュースで報道される「猛烈な寒波だ、豪雪だ」ってな、いかにも寒々しい映像にブルルと背筋を震わせつつ、足には保温性の高いソックス、就寝中の布団の中には電気行火(あんか)で対処して来た私ですが、梅の花が咲いて散り、桜の花も咲いて散り……、早いもので令和8年春の開花競争も、残すは真紅のツツジの花の狂い咲きを待つばかりの候となりました。
この時期になると決まって私は、半世紀近く前、漢文の授業で習った「年年歳歳花相似たり」の名文句を思い出します。「春の訪れとともに花は,毎年毎年、同じように美しく咲き誇る」ぐらいの意味でしょうか。この文句の直後に「けれど」という逆説の助詞が省かれてまして、「歳歳年年人不同」と続きます。「けれど、われわれ人間は、そうはいかない。去年、共に花を愛でつつ酒を酌み交わした友は、今年はもういないのだよ」
「テストに出すから覚えろ!」と教師の命により強制的に覚えさせられた、この有名な漢詩の「深み」なぞ、学生時代には体感できようはずもなかったですが、いくら屁垂れなハゲでも、還暦を4つも過ぎりゃ、さすがにしみじみとした心持ちも萌し、嗚呼……、思わず目頭が熱くなったりもいたします。
ふうむ、やっぱ、やめましょう、こんな柄にもない書き出しは(笑)。えーと……ですね。赤坂見附で月に1回開いていた「昭和歌謡を愛する会」の常連さん、というより、途中から毎回の「テーマ決め」を一緒に行っていたAさんから、先日ひょっこり、「これ、勝沼クンが好きそうでしょ(笑)」てな前振りとともに、以下の動画が送られてきました。
♪~瑠璃色 風吹くアスファルト
跳びはねる赤い靴 虹を描く…
ガラスの瞳に映る街
誰かと腕を組み あなたが消えた
danceが終わったあと 取り残された…
静まりかえる舞台 私一人だけよ…
くるみ割り お人形
あやつる人がいないの
くるみ割り お人形
夢は昨夜割れたの…
ヒロイン 夢見た赤い靴
パートナーあなただけと 思い込んでいた
ガラスの心が飛び散るわ
踊り出す女の顔 私じゃないの
あなたの心の中 誰かでいっぱい
トウ・シューズをはいても
動けもしないの…
くるみ割り お人形
あやつる人がいないの
くるみ割り お人形
青い影が揺れるわ
くるみ割り お人形
あやつる人がいないの
くるみ割り お人形
夢は昨夜割れたの…~♪
売れっ子アイドルだった、石川ひとみの大ヒット曲『くるみ割り人形』(作詞:三浦徳子/作曲:馬飼野康二)なのですが、どうやらこれが、当時の「銀座音楽祭」のライブ映像だと知って、おぉ~っと、そうだ! 俺はこの時、この会場にいたんだよな、と、にわかに記憶が蘇ったのです。
昭和50年半ばは、大手の民放ラジオ局が主催の音楽祭が盛んでして、文化放送が「新宿音楽祭」、ラジオ日本が『横浜音楽祭」、ABC(大阪朝日放送ラジオ)が「ABC歌謡新人グランプリ」……と来て、ニッポン放送がこの「銀座音楽祭」でした。どの賞も、新人歌手の登竜門的な要素が強かったため、レコード会社も芸能事務所も、異口同音に「弊社所属の新人、◯◯をぜひスターに!」……と、おそらくは本人の意志は無視、なかば強制的に賞レースにエントリーさせ、(「銀座音楽祭」なら)「グランプリ」に輝けりゃあラッキー! それは無理でも「金賞」に「銀賞」……、さらに「審査員特別賞」やら「大衆賞」なんてのもありまして、何でも良いから賞を獲らせてプロフィールに箔をつける目論見なのでしょう。
新たなジャンルの乱入
特に昭和53年と54年の2年間は、長い長い昭和歌謡史の流れで診ても、大変「意味のある」季節でして、従来のアイドル歌手の〝くくり〟の中に、自分で歌詞も曲も書いて歌うのが「ごく普通の感覚」な、ニューミュージックという新ジャンルの歌手が、ドドドと乱入して来たのです。
すでに数年前から、ユーミンこと荒井由実(現、松任谷由実)が『ルージュの伝言』(1975年2月20日発売)や『あの日にかえりたい』(昭和50年=1975年10月5日発売)で大ヒットを飛ばし、さらに『勝手にシンドバッド』(昭和53年=1978年6月25日発売)てな、あまりといやぁ、あまりに強烈なインパクトある曲でデビューした、桑田佳祐率いるサザンオールスターズの存在も、ニューミュージック系の歌手の〝その後〟のデビューを後押しした……、感がありますね。
その点、石川ひとみは生粋のアイドル歌手として、『右向け右』でデビューしたのが昭和53年=1978年5月25日、2曲目のシングルが『くるみ割り人形』で、レコード発売が9月5日です。そして第8回の「銀座音楽祭」が開かれたのが10月2日。彼女は、『青葉城恋唄』(1978年5月5日発売)でミリオンヒットを飛ばした〝一発屋〟、佐藤(現さとう)宗幸とともに「大衆賞」に輝きました。
逆にいえば、彼女は「グランプリ」はもちろん「金賞」にも「銀賞」にも引っかからなかった訳です。……けれど、意外に「大衆賞」というのは侮れないんですね。曲自体の評価が音楽業界に棲まう、プロのお歴々の感覚では低くても、実際にレコードを買ってくれるリスナーに「多く愛された!」歌手に、この賞は与えられます。その証拠に、石川ひとみのアイドルとしての活躍期間は、けっこう長かったですからね。……ただ私がこの日、わざわざ「銀座音楽祭」の会場に駆けつけてまで応援したかった、というより、本人の実物を間近に観たかったのは、石川ひとみではありません。
今時なら推しの対象ってことになりましょうが、石川とデビューが同期の金井夕子のデビュー曲、『パステルラブ』(昭和53年=1978年6月20日発売)に、私は〝この年〟メチャ惹かれてましたので、「夕子チャンに会いたい!」が本音です。彼女はこの曲で「専門審査員奨励賞」を受賞しました。ですから、まぁ石川同様に金井夕子も、「グランプリ」を逃した元アイドルってことになりますけどね。
♪~さよなら初恋のひと
ほほえんで言える
少女時代に別れを告げる
道しるべなどいらない
もう ふりむかない
長いこと待たせてごめんなさい
二度と心をときめかせることも
ないと思っていたのに
愛しているの 愛しているの
あなたのそばを離れない
あなたの胸にそっとつぶやく
パステル ラヴ アンド ブルー
淋しさに瞳曇らせ
うつむいてたから
眩しすぎるのあなたの顔が
波の白いラインを
ずっと見ていたら
ふるえる肩を抱いてくれた
ひとは悲しみをのり超える度に
美しくなれるんだと
愛しているの 愛しているの
あなたのそばを離れない
あなたの胸にそっとつぶやく
パステル ラヴ アンド ブルー
ひとは悲しみをのり超える度に
美しくなれるんだと
愛しているの 愛しているの
あなたのそばを離れない
あなたの胸にそっとつぶやく
パステル ラヴ アンド ブルー~♪
(※これはファンには貴重な、8年前の金井夕子の歌唱(2分45秒から)です)
金井のデビューは二十歳で、他のごく一般のアイドル歌手よりも正直「歳を喰って」ますし、自分で歌詞も曲も書いてませんが……。でも、その2つとも手掛けたのは、シンガーソングライターの尾崎亜美で、尾崎自身セルフカバーしてますし、ニューミュージックの歌い手の「仲間」と扱って問題ないでしょう。
ちなみに、第8回「銀座音楽祭」でグランプリに輝いたのは、正真正銘、シンガーソングライターの渡辺真知子です。彼女は昭和52年=1977年の11月に『迷い道』(作詞&作曲:渡辺真知子)でデビューし、続く『かもめが翔んだ日』(昭和53年=1978年4月21日発売/作詞:伊藤アキラ/作曲:渡辺真知子)、さらに『ブルー』(同8月8月21日発売/作詞&作曲:渡辺真知子)……と、立て続けに3曲も大ヒットを飛ばし、一躍スター歌手の中心に躍り出ました。
グランプリ受賞曲の『かもめが翔んだ日』の歌詞を載せておきます。
♪~ハーバーライトが朝日に変る
その時一羽のかもめが翔んだ
人はどうして哀しくなると
海をみつめに来るのでしょうか
港の坂道 駆けおりる時
涙も消えると思うのでしょうか
あなたを今でも好きですなんて
いったりきたりのくりかえし
季節はずれの港町 ああ 私の影だけ
かもめが翔んだ かもめが翔んだ
あなたは一人で生きられるのね
港を愛せる男に限り
悪い男はいないよなんて
私の心をつかんだままで
別れになるとは思わなかった
あなたが本気で愛したものは
絵になる港の景色だけ
潮の香りが苦しいの ああ あなたの香りよ
かもめが翔んだ かもめが翔んだ
あなたは一人で生きられるのね
かもめが翔んだ かもめが翔んだ
あなたは一人で生きられるのね~♪
(※どうやら去年ぐらいの映像らしいです。ね、姉御でしょ(笑)。哀しいのは喉の衰えです。持ち前の美声が、今や^^;)
デビューが金井夕子同様、21歳と遅かったことや、彼女の恰幅の良いルックスのせいもあり、新人ながら実に存在感がありましたよね。気さくな性格のまま、いつも相談に乗ってくれるので、同世代および下の世代の歌手仲間からは「姉御」と慕われたとか。
さてさて私は、翌年の第9回「銀座音楽祭」にも会場に駆けつけました。なぜ当時の私は、この時期にメチャメチャ〝のめり込んだ〟のでしょう? 答えは簡単です、54年の同期デビュー組は、ニューミュージック系の歌謡曲マニアには、冗談抜きに「嗚呼たまら~ん!」ほどの大豊作だったから、でしてね。『グランプリ』に輝いた竹内まりやを筆頭に、後に(いろいろな形で)スター芸能人に成り上がった御仁がけっこうな数、実在するのです。
私が「推し」たくなる歌手は、年ごとにコロコロ変わりましてね。〝この年〟は、なんてったって「アイドル賞」を獲った井上望チャン! デビュー曲『ルフラン』(昭和54年=1979年5月25日発売/作詞:山上路夫/作曲:馬飼野康二)に、かなり強く惹かれたものです。
♪~ルフラン ルフラン ルフラン
ルフラン ルフラン
あなたの名前を 呼んでいたわ
コーヒー二つも 入れた私
あなたはいないの おばかさんね
朝陽の部屋には 私だけよ
別れた今も あなたの名前
心の中でくり返す ルフラン
愛していると さざ波みたいに
私はいつもくり返す ルフランを
あなたと二人で 見た映画を
夜中のテレビで やっているわ
ラストの悲しさ 知ってたけど
一人で見たらば 泣けて来たわ
別れた今も あなたの名前
心の中でくり返す ルフラン
愛していると さざ波みたいに
愛はいつもくり返す ルフランを
ルフラン ルフラン ルフラン
ルフラン ルフラン
若さのせいと 言いたくないの
素敵な日々とくり返す ルフラン
今でも愛は さめてはいないと
私はいつもくり返す ルフランを
(ルフラン) ルフラン ルフラン
ルフラン ルフラン
ルフラン ルフラン ルフラン
ルフラン ルフラン…~♪
井上は「歌唱力がある」アイドル歌手としてデビューしました。新人歌手のオーデション番組として人気だった日本テレビ放映の「スター誕生!(通称スタ誕)」出身で、作詞、作曲を担当したクリエーターは、どちらも著名なヒットメーカーですから、レコード会社も彼女に、絶大なる期待をかけたはずですよね。その証拠に、以下のTikTok動画をご覧下さい。審査曲を歌い終えた途端、かなりの数の芸能事務所&レコード会社の関係者が、スカウトの札を挙げた瞬間を収めた、メチャ貴重な映像です。
@applepiejin #井上望 #スター誕生 #1979 #ルフラン #花ねがわくば #おはようスパンク #エド山口 #雨の物語 #コーラスガール#CapCut
でも残念ながら、それなりに売れましたが、周囲の「大いなる期待」ほどは売れなかった^^;。理由は? まぁ、……失礼ながら、ちょいとオブスなんですよね(笑)。でもいまだにYOU-TUBEには、「井上望こそ正当派アイドルだ」なぞといった、マニアックなファンの動画がいくつもアップされてますし、かく言う私もね、こうして隠れ「追っかけ」をしてるくらいですから(笑)。
芸能活動の期間自体は、わずか三年と短かったですね。でもですよ、なんとなんと15も歳上のエド山口の奥様に収まってしまったんですね。エド山口……、嗚呼こちらもあまりにマニアック(笑)。どのくらいの方が御存知でしょうかね? お笑いスター誕生で10週勝ち抜いた芸人でもあり、弟のモト冬樹ともども、現在も現役のミュージシャンとして活躍する77歳のオッサンですが、いやぁ~、まさかねぇ、望チャンとエドがねぇ。私はかなり魂消ましたよ。
現在、エドがやっているYOU-TUBEの音楽番組に、時折、顔出ししつつ、いまだ衰えぬ美声を聴かせてくれてます。
さてさてお次は、「大衆賞」を獲った桑江知子ですが……。おっと、いささか書き過ぎちゃってますね、今回は。まだまだ昭和54年開催、第9回の「銀座音楽祭」で各賞に輝いた歌手を紹介したいのですが、ゴメンナサイ、次回に回しましょう。
以下、次回のコラムに登場予定の歌手の名前だけ、挙げておきますね。
杏里、倉田まり子、越美晴、そしてもう1人、宮本典子ってなラインナップでございます。お楽しみに。……ったって、興味ない皆さんには、まったく楽しくないでしょうが(笑)。まぁ、そうおっしゃらず、来月もお付き合い下さいませ。
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勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

古典落語と昭和歌謡を愛し、月イチで『昭和歌謡を愛する会』を主催する文筆家。官能作家【花園乱】として著書多数。現在、某学習塾で文章指導の講師。




























































































































































